小野・萬年寺には、江戸時代の栗東に花開いた文化の一面を表わす貴重な資料として、栗東市指定文化財に指定されている二点の肖像画があります。描かれているのは、中国から日本にやってきて京都・宇治に萬福寺を開き、黄檗宗の開祖となった隠元隆g、そして隠元隆gの孫弟子で黄檗宗の三傑と称された慧極道明です。描いた人物については、隠元隆g像が喜多長兵衛、慧極道明像は筆者不詳とされています。今回は、これらの肖像画についてのおはなしです。
まず、隠元隆g像、慧極道明像の特徴をみておきましょう。お坊様が「曲ろく」と呼ばれる椅子に座る様子は古くから変りませんが、その姿を正面から捉えて、顔などに陰影を施して立体的に描いています。それまでに描かれていた肖像画では、対象となる人物を左手前や右手前から捉えており、陰影の表現もみることはできません。こうした違いは、隠元禅師とともに日本にやってきた中国人画家から、当時の日本にはなかった最新の絵画技術を学んで制作されたことによるもので、萬年寺の肖像画はその初期の作例として知られています。
ところで、このほかにも肖像画を見るポイントがあります。それは、着衣に刻まれるしわ(衣文)の描き方です。多くの場合、お坊様は「曲ろく」に座るのですが、そうすると膝下に垂れた袈裟には動きが生まれます。この袈裟の動きを表わすしわは、実際に現れた着衣の動きを表わすものではなく、形式的なものである場合があるのです。たとえば、慧極道明像の着衣は、両膝の間に折り返しのある線描でしわを描いています。顔の描写に比べて幾分か形式化した着衣の描写に注目すると、藤原種信という画家の描く肖像画の多くに一致する特徴であることがわかります。このように細部の表現を検討していくことによって、不詳とされる画家の正体も推測されてくるわけです。眼を凝らして、注意深く観察・比較してみるのもよいのではないでしょうか。
※栗東歴史民俗博物館では、普段出会う機会の少ない「近世の仏画・頂相」を特集します。展示では、萬年寺の肖像画にも出会うことができます。詳細はこちらをご覧ください。 |