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りっとう再発見 220 地域の中での鈎(まがり)の陣
足利義尚公陣所跡(昭和時代撮影)
▲足利義尚公陣所跡(昭和時代撮影)
 テレビドラマや小説、ゲームなどで題材にされることが多い戦国時代。その始まりを考える上で注目すべき出来事の一つが、"鈎の陣"です。長享元年(1487)9月、室町幕府第9代将軍・足利義尚(1465~1489)は、近江国の守護である六角氏を討つために自ら出陣しました。義尚はまず、東方山安養寺(安養寺)に陣を構え、その後、鈎(上鈎・下鈎、安養寺一帯)の地に陣を移します。
 永正寺(上鈎)は、江戸時代以来、鈎の陣の有力な候補地の一つと考えられてきました。そして昭和35年(1960)には、永正寺とその周辺が「足利義尚公陣所跡」として栗東町の史跡に指定されています。昭和31年(1956)に制定された栗東町文化財保護条例に基づくもので、第17号として指定されました。永正寺に現存する土塁遺構(どるいいこう)が鈎の陣に関連して築かれたものであることを裏付ける確実な証拠は確認されていませんが、地域の歴史を物語る文化財として、その価値が早い段階から認識されていたことが分かります。現在の永正寺は「鈎陣山」という山号を冠していますが、明治時代の文献には「鈎山」という山号で紹介されています。現在の山号を冠するようになったのがいつ頃のことかは詳しくは分かりませんが、鈎の陣の有力な候補地であることを大切にする思いが伝わってきます。
 また、泊瀬部神社(はつせべじんじゃ)(下鈎)には、「御杉様(おすぎさま)」と呼ばれる神木が残されていました。鈎の陣を敷いた義尚が泊瀬部神社を鎮守社として崇敬し、自ら植えたと伝えられてきたこの杉も、昭和34年(1959)に天然記念物「神木 杉老樹」として栗東町の第12号指定文化財に指定されています。この杉の木は昭和52年(1977)に枯死したため指定解除されましたが、鈎の陣ゆかりの伝承として興味深いものと言えるでしょう。
「鈎陣山」の額が掲げられた永正寺本堂
▲「鈎陣山」の額が掲げられた永正寺本堂
神木 杉老樹(昭和時代撮影)
▲神木 杉老樹(昭和時代撮影)
■小地域展「上鈎の歴史と文化」
会期 3月7日㈯から5月10日㈰まで
※詳細はお知らせ版:栗東歴史民俗博物館をご覧ください。
◆令和8年度には、栗東町文化財保護条例制定70周年を記念する展覧会を開催予定です。

栗東歴史民俗博物館

TEL.077-554-2733 FAX.077-554-2755

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