りっとう再発見

224山城の土塁や竪堀を発掘 唯心教寺遺跡 室町時代・安土桃山時代

日向山遠景
▲日向山遠景
調査地
▲調査地

 調査地は市内伊勢落集落の南側、湖南平野から琵琶湖を一望にできる標高222.9メートルの日向山(にっこうやま)から東南に派生した標高164メートルの尾根上にあります。昨年10月から11月にかけて送電線鉄塔の建替え工事に先立ち発掘調査を実施しました。

 日向山は、山間地の旧甲賀郡域から旧栗太郡の平野部へ抜ける要地で、眼下には東海道が通り、野洲川が流れる水陸交通の要所を見下ろす場所にあります。

 山麓からは現在、721段の石段が整備されていて、その山頂に多喜山(たきやま)の跡が残っています。城主などは史料が無く不明ですが、東西に設けられた出入口(虎口(こぐち))の構造から、織田信長の勢力が築いた城郭とみられています。

 信長と反信長が争った、元亀争乱(げんきそうらん)(1570~1573年)で、甲賀郡に逃亡し栗太郡を狙う六角氏や、栗太・野洲郡の抵抗勢力である一向一揆に備えて築かれたと考えられます。

 今回の調査地は、多喜山城の東虎口から150メートル離れていて、これまで城郭の範囲とは認識されてこなかった地点です。ここでは、8メートル四方の平坦面を囲む、上端幅1.2から2.2メートル、高さ0.5から1メートルの土塁が検出されました。その外側では、山の斜面に張り付いた侵入者の横方向への移動を封じるために、幅3.8から5メートル、深さ1メートル、長さ13メートル以上になる竪堀を確認しました。建物跡の柱穴や礎石、土器などの出土遺物は見つかりませんでしたが、市域では希少な山城の調査例であり貴重な成果となりました。

様式図
▲様式図

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出土文化財センター

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