225近代の戦争と地域の人々
近代社会では、産業の工業化が進み、蒸気機関車や蒸気船による交通が発達したことで、人々の生活は飛躍的に便利になり、その活動は世界規模となりました。同時に、これらの技術は軍事にも用いられ、大砲や銃などの武器の発達により、国家間の戦争は激しく、大規模なものとなりました。そして、徴兵制により国民が兵士として戦争に動員されるなど、近代は、前の時代よりも多くの人々が戦争に関係する時代となりました。
富国強兵により欧米諸国に対抗しようとしていた近代日本では、明治6年(1873)に徴兵令が発布され、17歳から40歳までの男子に兵役が義務付けられましたが、当時の農村の人々は、働き手を奪うものとしてこれに大きな抵抗感を抱きました。同7年に滋賀県下の学校用教科書として発行された『農家日用往来』(里内文庫資料、栗東歴史民俗博物館蔵)は、当時の徴兵令を巡る状況を知る上で参考になります[写真]
本の名前は、「往来物」という手紙文を用いた江戸時代の寺子屋の教科書に由来し、農家の日常生活の基礎知識を学ぶための教科書という意味です。本の前半部では、粟・稗などの雑穀の名前のほか、農作業の流れ、各種の肥料、農機具、土の種類に関する言葉がふりがな付きで列記されています。後半部からは趣が大きく変わり、堤防や道路、橋の修繕の必要性や、立法・司法・行政の政治制度、県などの地方制度に関する基本的な考え方が記され、文明開化の重要性も説かれています。特に興味深いのは、本の最後の4頁が徴兵令の説明で締めくくられている点です。そこでは、徴兵令は日本の昔の制度に基づき、海外各国の制度を参考としたもので、国家の非常時には「全国皆兵」となり対処すること、「力税(=労働の提供)をもって天恩に報い奉る」のが「万民の義務」だと説いています。農家の日常の常識として徴兵の考えを浸透しようとする意図が読み取れます。
その後の近代日本は、日清・日露戦争を経て、昭和のアジア・太平洋戦争の時代へと向かっていきます。博物館の特集展示では、当時の戦争と地域の人々の生活との関係がどのようなものであったかを見ていきたいと思います。
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特集展示
「平和のいしずえ2026 戦争と地域の人びとの生活」
会期 9月12日(土)から10月23日(金)まで
※詳細はお知らせ版8ページをご覧ください
問合せ
栗東歴史民俗博物館
TEL:077-554-2733 / FAX:077-554-2755

