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りっとう再発見 栗東に残る日清戦争
■有茎尖頭器
 有茎尖頭器は、手で投げる槍の先端に付ける石器で、ナウマンゾウやオオツノジカなどの大型獣の狩猟に使われてきた石槍の一種です。今回展示する有茎尖頭器は南平古墳群の調査の際に偶然発見されたもので、サヌカイトとよばれる石材製で、大きさは長さ9.3cm、厚さ1.02cm、重量は22.6g。今から約14000年前、縄文時代草創期のものとみられ、栗東市内出土の考古資料としては最古のものです。

■銅銭と陶器
 下鈎東・蜂屋遺跡の発掘調査で発見された銅銭は奈良時代から平安時代にかけて鋳造された皇朝十二銭の中の延喜通寶と乾元大寶で、出土したのは、掘立柱建物の柱穴やその周辺に掘られた9カ所の穴です。灰釉陶器・緑釉陶器とよばれる高級陶器に5枚から10枚を入れたり、ひもにとおして、じかに埋められたりしていて、その総数は195枚に上ります。建物を建築する際の地鎮祭祀(土地の神や霊を鎮める祭り)で用いられたとみられます。
 このように多量の銅銭や高級陶器を用いた地鎮祭祀の痕跡は、この地に財力のある豪族が存在していたことを示すものと考えられます。

■土馬
 土馬とは、馬の形をした土製品です。発掘調査では古墳〜平安時代の河川跡や溝といった場所から出土することが多く、水に関わる祭りに使われたと考えられています。一つは、恐ろしい災厄をもたらす疫病神を土馬に乗せて、穢れとともに水に流したとするものです。もう一つは、雨乞いの祭りに使われたとするものです。「日本書紀」には雨乞いのために牛馬を殺し、諸社で祭りをするという記事がみられ、祭りのたびに馬を殺しては大変なため、土馬は生馬の代用品だったのではと考えられるのです。
 また、多くの土馬は一部が欠けた状態で出土します。壊すことで疫病神の力を封じ込めようとしたのか、あるいは雨乞いの祭りで壊された(馬を傷つけ怒らせ雨を降らせる!)のかもしれません。
※成果展は12月7日(日)まで開催。
問合せ
栗東歴史民俗博物館 TEL.554-2733 FAX.554-2755

◆今後の掲載予定
りっとう再発見…1、3月号
すだじいの百年日記…2月号

《治田小学校》「ありがとうの花を咲かせよう!〜3年生 学活での取り組み〜」
 みんなで円になり、順々に右どなりの友だちに"ありがとう"を伝えていく活動を行いました。「何も言うことがなければパスをしてもよい」ということにしていたので、初めのうちはパスをする子どももいました。
 ところが、そのうちにパスをする子がほとんどいなくなり、どんどん友だちに"ありがとう"を伝えていくようになりました。
「いっしょに遊んでくれてありがとう。」
「係の仕事をがんばってくれてありがとう。」
「消しゴムを拾ってくれてありがとう。」
 ほんの小さなことですが、その積み重ねで、子どもの心にありがとうの花をたくさん咲かせていきたいです。
問合せ
学校教育課 FAX.TEL.551-0130 551-0149
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