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伝統をつなぐ
 5月は栗東の各地でお祭りが行われる季節。今月は、栗東ならではの祭礼行事の一部を紹介します。そこには、伝統を守り、受け継いでいくための多くの皆さんの努力がありました。
5月5日カラフルな衣装をまとう、伝統の踊り
滋賀県の無形民俗文化財「花笠踊り」小槻大社(下戸山)
■鮮やかな伝統衣装が神社を彩る
 小槻大社で5月5日に行われる「小杖祭り」。昔の人が小槻大社のことを「小杖さん」と親しみをこめて呼び、伝えてきた祭礼です。小槻大社を氏神(住んでいる土地の守り神)とする氏子(同じ氏神を祭る土地に生まれた人々)は、本市では、岡と宮ヶ尻(下戸山の一部)、目川、坊袋、川辺、また、草津市の山寺町と広範囲にわたります。祭礼を行う当番は「渡し番」と呼ばれ、干支の12年を一巡する形で各地域ごとに決められています。
 この祭礼行事の一つに「花笠踊り」があります。「花笠踊り」は、子役と称して2歳から14歳までの男子十数人が、花笠と美しい着物をまとい、笛、太鼓、鐘の囃子と音頭、傘鉾持ちの唄により、五穀豊穣の願いを込めて独特の踊りを奉納します。
 その鮮やかな衣装から、毎年、多くのカメラマンが訪れる、この祭礼芸能は、永徳2年(1382年)にはすでに奉納されていたと伝えられ、昭和63年には、滋賀県の無形民俗文化財に選択されました。
 地域ごとに、衣装や唄も少しずつ異なり、それぞれの地域で、この祭礼を伝えていくための努力や工夫がなされています。
■6年に一度の祭礼に向けて続く練習
 未年である今年、「渡し番」となるのが坊袋です。6年に一度の当番となるため、約1か月前から、日曜日を除くほぼ毎夜、地域の皆さんが自治会館に集まり、祭礼に向けての練習が続いています。
 「昨年の夏ごろから今年の祭礼はどうしようかと考えていました。子役はそれぞれに年齢が決まっているため、役のお願いにも回りました。前回の『渡し番』は6年前のため、思い出すのに苦労しますが、地域の大切な伝統行事として、祭礼を伝えていくために取り組んでいます」と語る氏子総代の奥井重治さん。

 子役を務める子どもたちは、全員が初めての体験。笛や鐘の伴奏に合わせ、太鼓受けと太鼓打ちの二人が舞いながら太鼓を打つ独特の踊りは、全員の息を合わせる必要があります。まずは個別練習があり、進行状況を見ながら合同練習が行われ、祭礼に向けて準備を整えます。地域の皆さんの指導や見守りのもとで、子どもたちの熱心な練習が続いています。
■地域が一つになる大切な行事
 「衣装も地域ごとに伝わるものがあります。代々受け継がれてきたつながりの大切さを感じ、毎回、心を込めて衣装の着付けをしています。子役を務めた子どもたちが6年たって、中学生や高校生になってもあいさつをしてくれます」と衣装担当のお一人。
 練習会場には、30年前に「渡し番」であった時の様子を記録したビデオ映像が流れています。映像を見ながら、「あっ、これは○○さん!」と皆さんの会話が弾みます。「30年前に子役を務めていた人が今は親になって、子どもさんとともに祭礼に参加しているんですよ」「ずっとここで生まれ育ってきたから、30年前の映像を見てもこれがだれかがすぐに分かるんです」と教えてくださいました。
 自治会長の堀部久滋さんは、このように語ります。「『渡し番』の年は大変ですが、親が子どもたちの練習を見に来てくださったり、みんなで協力して花笠を作ったりと、この祭礼があることで交流が生まれ、地域が一つになれます。夏祭りなどの行事も大切ですが、やはり伝統ある祭礼が持つ意味は特別です。この伝統行事を地域の中でずっと続けていけるようにしたいです」。
 地域の思いが次第に大きく一つになりながら、6年ぶりの「渡し番」当日を迎える日が近づいています。
お父さんも、この役を務めました。親子2代の参加です。
鯛つり:今村公喜さん(4歳)
「やってみたい!」と志願しました。バチの正しい持ち方も教えてもらいました。
太鼓打ち:中村開登さん(小学3年生)
このような笛を吹くのは初めてで、音を出すのが難しいです。家で頑張って練習しています!
笛吹き:左から、福島一心さん、原田優斗さん、松本大輝さん(中学1年生)
映像で次世代に伝える〜岡自治会〜
 坊袋自治会のように、映像で祭礼の記録を残していくことも、伝統を次世代に伝えていくために、有効な方法の一つです。
 平成25年の「渡し番」であった岡自治会でも、祭礼の記録を映像で残し、伝えています。
 「岡は、寅年、巳年、亥年が『渡し番』で、坊袋のように6年に1度ではなく、12年に3度、当番が回ってくるため、まだ前回を思い出すことは他の地域に比べると容易かもしれません。それでも、祭礼を伝えていくことは大変です。
 五穀豊穣を願う、この祭りは、農家にとって非常に大切な祭りです。氏子の中でも、農家の数が減り、現在では米の販売農家が3分の1にまで減りました。そのうえ、若い世代が栗東から出て行ったりと、次世代につなぐことのできる農家は、ほんのわずかしかありません。どの地域にもいえることかもしれませんが、花笠踊りの子役を務める子どもさんを確保するため、すべての住民さんへご協力をお願いに回っているのが現状です。
 伝える者の高齢化も進んでいます。例えば、踊りの足を左右のどちらから先に出すのか、知っている人がいなければ正確に伝えられないため、映像のように見える形で残し、伝えていくことが非常に大切だと考えています」と氏子総代の山本喜三雄さんは話してくださいました。
5月3日ドジョウをナマズ、新米、塩、
タデで漬け込む「ドジョウずし」三輪神社(大橋)
■「ドジョウずし」を目当てに全国から栗東へ
 三輪神社で5月3日に行われる春の祭礼は約350年以上の歴史を持つといわれる伝統行事。この祭礼には、全国に類を見ない、ドジョウとナマズの「なれずし」が供えられることから、「ドジョウ祭り」とも呼ばれ、全国各地から人々が訪れます。
 大橋には、昔、三輪神社の神の使いである白蛇が人身御供を要求した、という言い伝えがあり、 いつのころから人ではなく、ドジョウをいけにえの代わりに供えるようになったと伝えられています。
 「ドジョウずし」は、9月に、三輪神社の社務所で、東西の当番2組によって漬け込まれます。材料は、ドジョウ、ナマズ、新米、塩、タデの葉など。当番宅で翌年の5月まで据え置かれ、その間、「すし漬け人」が伝承や経験をもとに定期的に確認し、水を足したりと条件が整えられながら発酵が進みます。
 祭礼2日前の5月1日には、「口開け」が行われ、祭礼に先立ち、初めて桶から「ドジョウずし」が出され、その年の出来具合いが吟味されます。3日の祭礼では、神事の後、東西の当番が漬けた「ドジョウずし」を味わいながら、地域の安全祈願がなされます。
■若い世代の声を取り入れ、変わる伝統
 「『ドジョウずし』を漬ける当番は、くじびきで決めます。2月、その年初めの寄り合いの時に、32軒の中から翌々年の当番を決めます。5年ほど前に行事を見直し、やり方が分かるようにと、当番になる前の1年間は見習い期間として行事の応援に入ってもらうようになりました。東と西で味が異なり、気候などの条件により、その年ごとにも味が違います」と語る自治会長の大隅勝さん。
 若い世代からの声もあり、祭礼行事は、負担を減らすための見直しが何回も行われています。
 「祭礼の正装である羽織袴は、本来は自分たちで購入しますが、今年からは、参列者は礼服で可とすることが決定しました。反対の声もありましたが、『若い人の声を聞こう』と最終的に決まりました。地域の中で、『この行事は守っていかないとあかん』という声は非常に多く、大切に伝えていかなければならない行事だと実感しています」と大隅さんは話してくださいました。
■子どもたちに伝えていくために
 50年ほど前までは、実際に「神ノ川」と呼ばれる地域の川で、祭礼に使うドジョウをとっていた、大橋自治会。今は汚れてしまった川を元に戻し、「どじょうの里」として、橋を架けたり、高校生が絵を描くなど、新たな憩いの場とする取り組みが約15年間続いています。
 葉山小学校の3年生は、毎年、体験学習で地域の皆さんの説明のもと、「どじょうの里」や三輪神社などを訪れ、実際にドジョウずしを試食し、理解を深めています。
 地域の子どもたちに受け継がれる伝統行事を大隅さんはこのように語ります。「代々と続いてきた行事を今、私たちが途絶えさせることはできません。大橋に生まれてきたからには、子どもに対して親がしっかりと伝えていくことができれば」。 ドジョウが登場する珍しい祭礼は、地域の大切な伝統として新しい意見を取り入れながら、受け継がれています。
伝統を守る〜祭礼を受け継ぐ若い世代〜
 今年の西当番です。自分の代になってからは、初めての当番です。昨年の9月から、廊下の涼しい所に桶を置いてきました。「口開け」があるまで、無事にできているか心配です。
 玄関には、当番宅を表すしめ縄を飾っています。桶や玄関の縄を見るたびに、受け継がれてきた地域の伝統と当番としての責任の重さを感じます。
 高校生の時に初めてこの祭礼に参加しました。当時は、遊びに行きたい思いを抑え、地域の伝統行事だからと、参加した記憶があります。23歳の時に初めて当番を経験した時は大きな責任を感じました。
 地域の大切な行事として、その時々の思いや考えを反映して、将来は息子たちに引き継ぐことができればと思います。
5月5日子持ちのワカサギを塩漬けし、
祭礼の10日前にご飯に漬け込む「ジャコずし」菌神社(中沢)
■キノコ、醸造、発酵に関する信仰を集める神社
 菌神社は、舒明天皇が637年に勧請したと伝えられる歴史ある神社で、本殿は市の指定文化財。祭神は、日本の神話にも登場する神で、江戸時代には、草平大明神や菌大明神と呼ばれていました。いつのころからか、「菌」の文字から、キノコや醸造、発酵の神様であると思われるようになり、全国的に知られるようになりました。
 5月5日に行われる例大祭で供えられるのは「ジャコずし(雑魚の「なれずし」)」。ジャコは地元にある平八池で捕れる小魚(小鮒など)でしたが、小魚が捕れなくなった近年では購入した子持ちのワカサギが使用されています。2月ごろにワカサギを塩漬けにして、例大祭の10日ほど前にご飯に漬けられます。
■まずは地域の身近な神社に
 「昨年、大阪の百貨店で、キノコに関連する商品を集めた企画展が開催された時、菌神社も紹介していただきました。ちょうど七夕の時期で、皆さんが願いを書かれた短冊をこの神社の行事『涼みの湯』で祈祷させていただきました。全国から訪ねてくださる方も多いですが、何よりもまずは、地域の皆さんに神社のことを知っていただきたいです」と語る田中さん。
 全国的にその名を広めながらも、古くから続く伝統行事を受け継ぎ、「地域の子どもたちが神社を身近に感じてくれるように」と願いを込めた取り組みが続いています。
 伝統ある祭礼芸能や、一風変わったお供えなど、今回紹介した祭礼行事はほんの一例ですが、いずれも地域の絆を強めながら、新しい形で受け継がれています。「伝統を守る」という強い思いがある限り、祭礼行事は今後も後世に伝えられていくことでしょう。
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